何を食したのか、何を鑑賞したのか、いくら使ったのか・・・ではなく、何へ興味を示すのかが旅の醍醐味である
天気と散歩の関係
当然ですが雨や雪や暴風での散歩はできません、さらにやっかいなのは散歩途中の雨です「おかしいな、今日の天気予報は雨なんてなかったぞ」と思うことは珍しくありません、散歩に傘は似合いません、傘を利用した瞬間に散歩ではなくなります、早く帰りたい、早く着替えたい、早く雨宿りをしたい、このような気持ちそのものが散歩気分とは程遠いのです、雨なんか嫌いだ、傘をさしてたまるか、晴れ予報での雨降りは私の心がとてもイラつくのです
天気予報がもたらす心理的な影響
例えば、重要なイベントが10日後にある、10日後の天気予報を一応閲覧してみる「良かった、晴れだ」なのだが、信用している人はほとんどいないはず、ある記事に言わせると10日後の雨予報は90%的中しないらしい、では信用する天気予報はいつ頃なのか、2日前ぐらいかな~、それでも不安、結局は前日予報なら100%信用してみようと思う人は多いはず、なのだが、何事も準備は前日では遅すぎるのだ、準備の作業期間を考えた時の最終決定は1週間前だったりする、確かに1週間後は晴れ予想なのだが、それからはハラハラドキドキの一週間を過ごすことになる、一週間後の天気予報なんて人は100%の信用なんてしていない
絶対はずしてはいけない天気予報とは
天気予報は予報なのだから当たらなくても仕方がない、常日頃から的中しないと思っているのなら天気予報には価値がないことになる、だが、絶対的に信用している天気予報とは何か、それは当日と明日の天気予報である、人と天気の会話を楽しむ内容はほぼ今日と明日の天気と決まっている、だからこそ当日と明日の天気予報だけは絶対に外してはいけない、気象予報士やマスコミのメンツにかけて的中させてほしい、これが私からのお願いである、
何故、傘が嫌いなのか
雨予報で出かける時にバックへ忍ばせる傘は折り畳みと決まっている、手で持つ傘の場合、両手が塞がった状態で転んだ時を考えるととても怖い、そもそも散歩は軽装とすべきである、傘を持ち歩くだけでも散歩気分の妨げになる、散歩しながら「雨かも、雨かも、傘をさすべきか、止めとくべきか」と考えるのもウンザリだ、雨に濡れた傘をどのように持ち歩くのかも悩みの種になる、傘に関わる要素はこんなに存在している
こんなに頑張った成果とは
我が家の墓は地方の屋外にある、母の納骨をいつ行うべきか、当日の雨は絶対に避けなければならない、親族への連絡も必要なので決定日から一週間以上の日数は必要だ、そこで私が考えた方法とは長期天気予報において5日間晴れが続く日の真ん中を納骨日としたのだ、その成果は?、納骨当日は雨こそ降りませんでしたがドンヨリとした曇り日でした、まあ、良しとするか
4泊5日、悲惨なオーストラリア旅行の話
余談なのだが、私の知り合いで友人二人とオーストラリア旅行へ行ったのだが、なんと4泊5日の全行程、全てどしゃぶりの雨、オーストラリアはどこへも行けずにひたすらホテルで過ごしただけだったと言う、こんな時の人間の心理は「何が何でももう一度オーストラリアへ」なのか「二度と行かない」のどちらかになるのだろう、ちなみに、この方から二度目のオーストラリア旅行の話は聞こえてこない

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