何を食したのか、何を鑑賞したのか、いくら使ったのか・・・ではなく、何へ興味を示すのかが旅の醍醐味である
どこか寂しい、初散歩の感想
私のブログを読んで、一度ぐらいは散歩してみようと挑戦してみたのですが、さほどの感動は無かった、もう散歩なんてや~めた、こんな方がいらっしゃるかもしれない、当の本人である私も同じような状態から散歩は始まっています、そんな貴方が幸運にも複数人での散歩に参加できると、散歩への考え方は大いに変わる可能性があります、それは何故でしょう
花、虫、樹木、建物、歴史を知る、地元知識人の凄さ
地元のラジオ体操に参加していた時、ラジオ体操終了後に何人かの人達がグループとなり同じ方向に歩き出すことに気が付きました、なんとなくではありますがついて行ったのです、この人達は散歩仲間でした、毎朝、散歩を楽しんでいたのです、その時に驚いた現実、それは会話が絶えないこと、花、虫、樹木、建物、歴史、眼の前の全ての景色が会話の題材になるのです、驚きでした、それは知識の多さと深さ、毎日毎日、これだけの会話をする時間帯が一日の始まりになるなんて、私はひたすら聞いているだけです、年齢層は全員、私よりは年上、将来の自分がこれだけの知識が持てるとは到底思えませんでした
登山だって散歩?
私の後悔の一つに登山に興味を持たなかったこと、何故なら、登山こそ究極の散歩なのです、登山は頂上にたどり着けば良いだけでしょうか、そんなことはないはず、登山口から頂上までの間、これでもかこれでもかと迫って来る大自然、そこに対しては何らかの感想を持ちながら登山者は頂上を目指すのです、感想を楽しむこそが登山であり散歩なのです、もう三十年若くて健康なら私も登山を楽しみたかったですね、私の人生は富士山へ行かずに終わります、仕方ありませんね
晩年こそ散歩が楽しくなる理由
気が付いたでしょうか、散歩は単に歩くだけでは楽しいとは言えません、健康目的ならばジョギングが良いでしょう、散歩なのですから、眼の前には何らかの景色が流れています、その景色に対して感想を持ちながら歩くのです、その感想を得るには長年の苦労と必然性の時間が必要です、つまり、若い人達はまさに今修行中と言うべきなのでしょう、辛さ、苦しさ、悲しさ、喜び、感謝、そして、時は流れて年齢相応の知識を持った大人へと変身して行く、その後に散歩が楽しい時代が訪れるのです

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